天気 :曇り時々晴れ
メンバー:ひとり
行程 :山河内駅近くの橋9:10→(オール破損/修理)→(堰エリアの巻き)→日和佐16:00
メンバー:ひとり
行程 :山河内駅近くの橋9:10→(オール破損/修理)→(堰エリアの巻き)→日和佐16:00
今回のGW遠征の目玉活動が四国の川でのパックラフトでしたが、色々あって完全不完全燃焼で終わってしまいました.........。
いつか機会があれば、また再訪したいと思います。
<5月4日>
激しい雨が降る中、滋賀から徹夜で運転し続けて、4日朝にようやく四国入りとなった。
仕事での訪問を除けば、四国に来るのは何と2012年以来である。
鳴門から延々南下していくと日和佐という小さな町があり、そこを流れる日和佐川が今回の目的地である。
この川はあの野田知佑さんお墨付きの清流であり、四国に来たらまずは最初にここを下りたいと思っていた。
日和佐の街に車を停めて、下る前にまずはMTBで上流を目指しながら川の観察である。
地形図を見たところ人工の堰が3つあり、こういった構造物は場所によっては非常に危険なので、
面倒ではあるが構造物を目で見て絶対安全に下る為の脳内シミュレーションが必須と言えよう。
下流は流れもあって濁りも少なく大きく期待が高まったが、1つ目の堰とそこから上流の川の様相を見て絶望した........。
堰付近はパックラフトで絶対コントロール不能な巨大な白波が立ち、上流はホワイトウォーター気味な急流の水路そのものであった。
仮に一度沈してしまったらボートも身体も河口まで一気に流されてしまいそうであった。
これは昨日の雨の影響なのだろうか....。それともデフォルトなのだろうか。
いずれにせよ川下りにはあまりにも危険すぎるコンディションなので、悔しいが日和佐川でのパックラフトは見送りとした。
帰りに日和佐神社に立ち寄ってみた。境内の楠の木がとても素晴らしかった。
そういえばとなりのトトロの木が巨大な楠の木であった。
その後に晩年、野田さんが焚火を楽しんでいたと言われる日和佐海岸にも立ち寄ってみた。
海岸はきれいだったが、GWだからだろうか人が多すぎて、全く静かに焚火を楽しめる雰囲気ではなかった...。
晩秋の平日にでも来たら静かな焚火が楽しめるのだろうか.........。
<5月7日>
先日の敗退から3日後、気を取り直して再び日和佐の地を訪れてみると、川は激流から清流に一変していた。これなら安全に下れる!
スタート地点は山河内駅、今回は山河内谷川を下って日和佐川に合流してそのまま河口まで下りきるプランである。
(オリジナルではなく、Youtubeでこのラインをパックラフト下る動画を見つけて、このルートに決めました。)
駅でパックラフトの準備をしていたところ、近所に住まれているおじいちゃんが挨拶してくれてしばし談笑を楽しんだ。
「野田さん好きなのかい?」
「もちろんです。野田さんの存在は自分の人生の中で大きな刺激になっています。」
「海外によく出かけてて帰ってきたらみんなに沢山お土産買って来てたよ~。」
云々、私にとって野田さんこそが唯一ともいえる外遊びの師匠である。
いよいよ緊張の川旅スタートである。といってもこの浅さ、果たして普通に下れるだろうか。
水は「普通に綺麗」と言った感じであった。
しかし予想通り、川は大分浅く予想通り「漕いで~歩いて~」の繰り返しであった。
早速ルービー缶を開けてしまったのだが、上記の通り、頻繁に艇を降りて歩かねばならず、
まったくのんびり飲めなかった。
途中、トロ場が現れて「なんだか幻想的でいいなあ~」と思っていたところ、小さな堰であった。
堰は川幅全体に広がっており、4日に無理やり下っていたら大変なことになっていた。
無理して突っ込まなくて本当に良かった.......。
堰を越えて少し進んでいくともう1つ堰があって、手前が少し深場になっていたので潜ってみた。
時期的なものだと思うが、水が冷たく体がすぐに冷えてしまい、魚も思ったほど多くなかった。
(写真:中河内谷川の途中の堰。パックラフトなので楽々越えられる。)
スタートからずっと森の中を進んでいたが、やがて風景が開けてきた。
パックラフトを降りて河岸の土手を少し登ってみると、辺り一面田んぼと畑が広がっており、近くでおじいさんが農作業をしていた。
しかしながら野田さんはどのあたりに住んでいたのだろうか?
このとき正直、かつて野田さんが住まわれていた家を本気で探して訪ねたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、一歩下がってよく考えればそれはアイドルの自宅を捜査するストーカー同然である。
当たり前だが踏みとどまった。
さらにしばらく下るとようやく日和佐川に合流、ここで水が一気に増えて、泳いだら気持ちが良さそうなトロ場も随所に現れ始めてきた。
綺麗そうな淵で潜ってみたが、ここでも魚はあまり見当たらず、なんせ水が冷く、快適に泳げなかった。
思いっきり遊ぶなら、この川を訪れるのは「夏一択」だと思った。
本土の夏の川と言えば連想されるのが”鮎の釣り堀と化した河川”そしてタチの”悪い腕も悪い釣り師”、最悪である。
しかし日和佐川は漁業権(と言う名の縄張り)が存在しないので、夏に気にせず下ることができる。
勿論、野田さんがこの地を愛した大きな理由の1つでもある。
本流と合流したところで流れが一気に強まって、緊張させる瀬も所々現れるようになってきた。
浅いのでそこまで危険ではないが、下手したら沈する程度の瀬がとめどなく出現するので、
慎重なコース取りのテクニックと経験が試される区間であった。
そんな矢先、オールが真っ二つに折れてしまった......!
当たり前だが、オールが無いと本当に何もできずな状態で、かろうじて沈せず岸に着岸できたが、
予備パドルもリペアツールも無い有様で、進退窮まってしまった。
オールが折れたのは30年近い川下りの中で初めてであった。
この場で後の祭りだが、リペアツール(テープ)を携帯する必要性を痛感させられた。
幸い少し歩けば道路に復帰できそうな場所であった。
しかしできればここでの敗退は避けたく、しっかりとした太い枝を探して切れないリバーナイフでそれを削り続けること約1時間半、
なんとかギリギリ降下を継続できる程度までオールを修復することができた。
(写真:オールを修理していた河原。ここで1時間以上延々と木を削っていた。
不思議と日和佐川川遊びベストスポットといった感じ場所であった。
この日は曇天だったので写真は全く映えないが、もし晴れていたら川の水はきっとエメラルドグリーンに映ることだろう。)
直ったとは言え、あくまで応急処置のレベルなので、オールに少し力がかかっただけで折れ曲がりかけてしまう始末、
ここから先、テクニカルな箇所ではまともにラフトを操作できず、川の流れに身に任すしかない感じだった。
無事に堰の手前付近までやってこれたが、ボートの操作に難がある為、念のためここで川下りを一時中断し、
パックラフトを担ぎ上げて道路を歩く形で3つの堰をやりすごすことにした。
1時間程歩いて再び川に復帰したが、3日前に見た激流とは全く別の穏やかな川に変貌しており、歩いて巻いた区間も、随分とおだやかであった。
歩いて堰を巻いた作戦を後悔するも、もはや後の祭りであった。
最後の堰を越えてからは、ポーテージの必要もなく一定の水深もあるので、流れに身を任せて下れる快適区間、
ここにきてようやくのんびりな癒し区間の始まりである。
夕刻が近づくにつれて徐々に日が出てくるようになったので、良さげなところ見つけて記念撮影した。
あらためてパックラフトに最適な川で、凶暴なアユ釣り師がいないのが何といっても最高である!
河口まで残り1kmを残したところでパックラフトが前に進まなくなってきたので、適当な場所で活動終了とした。
活動を終えて、駅前に停めていた車まで帰ってきたら、なんとボンネットに野田さんの書籍が数冊おかれていた。
きっと朝談笑したおじいちゃんが置いてくれたに違いない!最後ほっこりとした気持ちになった。
最後に、たまたま持参していた野田さんのメモリアルブックを日和佐で記念撮影して大締めとした。
翌日は海部川を予定していたが、残念ながらオールが壊れてパックラフトができず、翌日は再び悪天予報なので、
四国での活動はこれにて終了とし、仮眠した後、帰路につくことにした。
日和佐は野田さんの終焉の地であったが、私の終焉の地はどこだろう?
おじいちゃんになってからの里山暮らしでは遅すぎる、すぐにでも実行したいが、果たして......。
里山暮らしは勿論良い事ばかりではないだろうが、「とりあえず一度やってみたい」というのが最近の私の率直な想いである。