天気 :15日:曇り、16日:曇り(ガス)、17日:晴れ
メンバー:ボイジャー
行程 :15日:白山中居神社13:00→石徹白登山口14:40→神鳩ノ宮避難小屋16:30
:16日:神鳩ノ宮避難小屋4:40→三ノ峰避難小屋8:00→別山10:00→南竜ヶ馬場野営場12:30
:17日:南竜ヶ馬場野営場3:20→室堂4:30→御前峰5:30→大汝峰6:50→七倉ノ辻7:40→市ノ瀬12:40
2023年7月の3連休は友人と白山を縦走してきました。
天気は3日間のうち1,2日はガスでイマイチでしたが、最後の3日目は晴れて山頂から景色を拝むことができました。
<7月15日>
今年の7月の3連休は友人と白山の縦走に充てることにした。
どうせ行くのなら今まで歩いたことのない南縦走路~北縦走路を一気に駆け抜けてみたかったが、その場合はどうしても4日間の工程が必要となってしまう。
なので今回は美濃禅定道~御前峰~釈迦新道という(中々長い山旅にはなるが)極端に無理のない計画を遂行することとした。
初日は登山口となる奥美濃の秘境‘‘石徹白‘へのアプローチに丸半日以上を費やさねばならない。
石徹白は相当奥深い僻地にもかかわらず白山信仰の地として1000年以上の歴史を持つ地域である。
公共交通で東京から石徹白へのアプローチは、東京~名古屋~美濃太田~美濃白鳥(or北濃)~石徹白(上在所)、距離約400kmの大移動である。
友人は東京駅、私は新横浜から新幹線に乗って名古屋へ、名古屋からは在来線で美濃太田駅(美濃加茂市)に向かい、
そこから長良川電車で郡上八幡を経由して美濃白鳥で下車、最後はオンデマンドバスに乗車、1時間のバス旅を経てようやくスタート地点である。
ちなみに白山中居神社に来るのは実は2回目である(過去に野伏ヶ岳山ボードのタイミングで訪問)。
実際の石徹白登山口は上在所から8km程離れた奥まった場所にあり、そこまで舗装林道が通っているものの、利用したオンデマンドタクシーは上在所止めである。
その為、最初は1時間以上の車道歩きから始まる。
この区間、幕営道具、大量の食材・酒等が入った重いザックを背負いながらも日常生活で歩くスピードより相当早歩きで歩き進み、コースタイムを前倒すことができた。
石徹白登山口からは本格的な登りとなる。ザックが無駄に重いこともあって、小屋迄僅か2時間ながら息が切れるの登りとなった。
さて、この日の小屋の利用者は我々以外、単独の中年男性お二方といった感じであった。
幸いお二方とも感じの良い方で食事の時間はお酒を嗜みつつ定番の山談議で盛り上がった。
<7月16日>
この日は早起きに成功し、朝4時半過ぎにお世話になった避難小屋を出発しようとドアを開けたところ、絶望的にガスガスであった。先が思いやられる。。。
最初の山は奥美濃の代表的なピークの1つ、銚子ヶ峰、いつかスノボ登山でも訪れてみたいピークである。
銚子ヶ峰は別山の抜群の展望スポットのはずだが、この日は天気予報が豪快に外れてしまい密度の濃い低気圧が稜線に停滞、山頂からは何も見えなかった。
石徹白のずんぐりした山々の稜線歩きは本山行の楽しみの1つであったが、残念ながら今回は不完全燃焼と言わざるをえないものとなった。
銚子ヶ峰から先は一ノ峰、二ノ峰とピークが続く。この区間、急登や登り返しが多く、結構体力を絞られた。
特に二ノ峰への登りが中々の急登で、おまけにアブとハチにひたすらたかられ、さらにはガスで景色は死んでいる...。
二ノ峰に到着したときにはだいぶヘロヘロにされ、もはや単なる修行以外の何物でもなかった。
一ノ峰を過ぎたあたりからニッコウキスゲ、コオニユリ、ハクサンフウロ、シナノキンバイといった高山植物がすこしずつ目に入ってくるようになった。
高山植物は景色なくすっかり落ち込んだ気持ちを明るくしてくれるありがたい存在である。
そして三ノ峰避難小屋に到着、ここから別山までの稜線が今回の山行の目玉になるはずだったが...、(何度もボヤくが)正直残念すぎる天気である。
(いつか何としても鳩ヶ湯、経ヶ岳を経由しての縦走でリベンジを果たしたい次第である!)
(雨の中の写真なのであまり伝わらないかもしれないが)三ノ峰から別山の間は予想通り一面すばらしいお花畑であった。
一般に白山(御前峰)のみを目的とするなら多くは砂防新道か平瀬道をチョイスするであろう。
しかし自分は、白山ついては加賀禅定道、中宮道、美濃禅定道等の奥深いルートに強いこだわりを持っており、
今回は美濃禅定道を計画、行程中もっとも記憶に残ると思っていたエリアがこの区間で、友人には三ノ峰~別山の絶景を堪能してもらいたかった。
今回その感動を伝えることがきなかったことが何とも無念であった。
(今回の無念を返上すべく白山以外のどこかの山でこの日のリベンジを果たしたい...!)
三ノ峰からガスの中を黙々と歩き続けていたら、いつの間にか何の感動もなく別山に到着した。
(写真:景色のない別山で一応記念撮影、本来なら両白山地の一大展望台のはずなのだが。。。)
この日はまさに正直”別山”という女にフラれた気持ちで、別山に対して「ホンマ今日で最後やで!」って気持ちであった。
あいにくの天気だが別山には登山者が複数人おり、今までとは打って変わってここから先南竜までの区間でも想像以上に多くの登山者とすれ違った。
お花の種類も別山を境に変化するようで、チングルマやハクサンイチゲといった定番の花々はこの区間で初めてお目見えする形となった。
別山から南竜山荘まではかなり標高を落とす。概ね下りなので体力的には比較的楽ではあるものの、最後の最後で100m近い急登を登り返さなければならない。
この急登が中々堪えて山荘に到着したときはかなりヘトヘトになってしまった。
小屋では生ビール休憩とした。その後野営場に移動しテントを張ろうとしたところ、昼の12時過ぎにしてはキャパオーバーな混雑具合で場所確保に一苦労する羽目となった。
天気予報(SCW)通り夕方なって雲が抜けだしようやく主峰の稜線の存在を視認することができるようになった。
それにしても今日の天気は散々であったが、明日はようやく終日晴れの予報である。
明日はきっと大丈夫だろう。天気に気をもむことなくテントでダラダラ時間+昼寝を堪能しつつ、明日に向けての鋭気を養った。
<7月17日>
最終日、今回の山行で唯一山の景色が拝める1日となった。
この日は釈迦新道での下山を予定している為、少し早すぎるかもしれないがまだ真夜中の午前3時20分の暗闇スタートとした。
この時期日の出は午前4時位、室堂に到着する途中で日が昇ってしまうのだが、太陽は方位的に御前峰の陰にすっかり隠れてしまうので諦めもつく。
御来光は見れないが、太陽を拝むのは後のお楽しみといったところである。
朝4時半に白山の象徴的中継ポイントともいえる室堂に到着した。
売店で白山のロングスリーブTシャツを手に入れたかったが、残念ながら売店は営業おらず購入は諦めることにした。
御前峰はもう目と鼻の先、山頂まであとちょっとである。
ザック初日に比べて大分軽くなってはいたものの、これまでの疲労が体にかなり蓄積されており、
室堂から御前峰への登高はかなりのカメさんペースになってしまった。
そして朝5時半、ついに山頂に到着である!
雲1つない180度の景色、最終日の〆にふさわしい景色が広がった。
撮影してもらった記念写真の出来具合も個人的に最高であった!
(すばらしい山頂の開放感や笑顔は勿論、自分が何だかシュッとした感じに写っててとても嬉しかったです。)
そして山頂から目に留まる山々をアテにでルービーを嗜む!
何時になっても清々しい青空の下で山座同定を楽しみながら飲むビールは格別である。
山頂でマッタリした後は御池めぐりと大汝峰への登頂である。
このコースはガイドブックに必ずといっていい程写真付きで紹介されている定番中の定番だが、この日目で見た景色はガイドブックに掲載されている写真の景色そのものであった。
(写真:大汝山頂からの御前峰と剣が峰、左端の背景奥に霞んで見える山は御嶽山である。)
七倉ノ辻までのハイクも最高といきたいところであった。が、なんと途中のハイマツ帯の石に躓いておもいっきし右足首をひねってしまった。。。
幸い歩けないケガでは無かったが、足首を前に倒すと痛みだすようなケガで、このダメージを下山迄引きづる形となってしまった。
一般縦走でもちょっとした事故が命取りになりかねない。残念ながら身をもってそれを学ぶ形になってしまった。(今後気をつけねば。。。)
(写真:釈迦新道途中から望むな七倉山、釈迦新道は急登が連続しそこそも距離もあるので、健脚向けのルートの印象を受けた。)
釈迦新道に入るとすこしづつ定番の主峰が俯瞰できなくなってくる。
名残惜しいが白山の山旅もいよいよフィナーレである。
下山は自分の不注意のせいで足首に痛みとの戦いになり、足首に負担をかけないよう慎重に歩き進めていく中、
道自体はかなり歩きやすく、幸い概ね計画時間通りのペースで下山することができた。
下山日のこの日、下界は完全に夏到来といった猛烈な暑さであった。
市ノかららバスで金沢に向かい、そこから新幹線で東京行の切符を購入しようとした矢先、なんと終電となる夜9時金沢出発の便を除きすべての座席が売り切れとなっていた。。。
「新幹線」という名前からすっかり東海道新幹線のそれとほぼ類似のサービスだと完全に思い違えていた。
(優等電車が止まる金沢でさえも便数は1日10本程度しかない。金と時間はかかるが最悪サンダーバードで米原経由の帰宅も可能。)
折角なので一度訪れてみたかった金沢21世紀美術館を訪問(かなり良かったです)、そして自宅への到着は日付変わった深夜12時過ぎとなった。
振り返れば、初日早朝から最後夜更けまでどっぷり活動な大変中身の濃い3日間の山旅であった!